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こどもアドボカシー②(2024年7月園だより)

2025-07-24
先月、「子どもアドボカシー」について、数年前の「平和プロジェクト」を例に挙げて書いてみました。「平和プロジェクト」は傍から見ていた私も、子どもが世界に対してこんなにも自分を表明していくんだと驚いた実践です。
ただ、こうした大きな活動ではなくても、「私たちのことを私たち抜きに決めないで(Nothing about us  without us)」という姿は、本来普段の園生活の中でこそ見られています。
例えば、赤碕こども園の特徴として一つ「エリアごとに遊びの環境を用意し、子どもが遊びを選ぶ」という「エリア保育」というものがあります。部屋の中には例えば「積み木をする場所」「ままごとの場所」「モノを作る場所」「お絵描きをする場所」「友だちとゲームをする場所」等々、いろんなエリアが設定してあり、その中で子どもはモノや出来事、仲間と関わりながら日々経験を積み重ねていきます。(これ自体も子どもの参加する権利を保障する取り組みでもあります)
さてこのエリア、先生が子どもの姿を見て色々願いを込め、かなり悩みながら設定していきます。そうやって苦労して作ったエリアを、時には子どもと話し合ってがらりと変えることもあります。
例えば、その時々に子どもたちが探求している活動によって、自然とそのエリアが変化していくこともありますし、今あるエリアをもっと面白くしようと、子ども達に「折り紙の場所ここでいい?」と聞くこともあります。すると子どもたちは、「ここよりあっちの方が明るいから、折り紙はあっちの方がいいと思う」「積み木にたくさん人がくるから、もっと広い方がいい」等々、より深く自分たちの生活空間を考え始めます。さらに部屋には制限がありますから、「積み木を広くしたら他のエリアが狭くなる」など、やりたい遊びによって意見の食い違い・対立も勃発します。そこで子どもたちはぶつかり合い、対話し、互いに折り合いをつけ、時には「じゃあテラスをお絵描きのエリアにしようよ」と、先生が思っても見なかったアイデアを出したりするようになります。
そうして自分の思いが実際に生活の場に反映されることを経験したクラスでは、劇遊びが始まると「ステージを作ろうよ」と今までなかったエリアを提案してきたり、クラスでイベントがある時も自分たちで部屋の環境を変えて行ったりと、まさに「自分が関わることには自分たちが参加していく」ということを当たり前に実践するようになります。
さて今日もあるクラスでお店屋さんごっこがまさに始まろうとするとき「お金が無いけど、どうする?」と、遊びの根幹を揺るがす問いが上がっていました。さぁ、自分たちが関わることで問題発生…面白くなるぞ~
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